喘息資料 |
2010/01/20
はじめに
一、喘と腎陰虚・伏痰
二、痰生成の異説
《参考文献要約・「痰」とインド医学について》
参考文献・摘禄(1)喘と哮
(2)腎虚による上衝と喘
(3)陰虚生痰と木火(相火)生痰の説
(4)老痰について(火邪生痰の説)
はじめに
気管支喘息は、上気・喘・哮・喘促・哮喘などの中医病名に含まれる。
金元以前は哮と喘の明確な区別はなされていない。
現代中医の教科書では、大きく喘証と哮証に分けられる。(喘には、気管支喘息以外の病能も含まれている。
哮は、ほぼ気管支喘息に限定されている。)
①喘証は、喘鳴・呼吸急促・肩息・鼻翼呼吸などを特徴とする疾患である。実喘(内生の邪と外感)と虚喘(精氣不足)に二分される。
危証では肺腎共におとろえ心陽も衰竭して、発汗大量外泄による虚脱にいたる。
②哮証は、発作性の痰鳴気喘で、発作時には喉間哮鳴・呼吸困難等を伴う。熱哮と冷哮に二分される。
伏痰が誘引となることが多く、長期にたると肺・脾・腎が毀損し、外衛が弱り外邪に侵襲されやすくなり、脾虚生痰・腎虚気失摂納あるいは陰虚火旺となる。
危証では喘証と同じく脱証にいたることもある。
(参考『実用中医内科学』中医古籍出版1989)
①②いずれも呼吸困難がひどいときは,平臥不能となる。
歴代の病因病機や伏邪・伏痰についての解釈は、末尾の参考文献摘禄を参照のこと。
ここでは、一般には余り詳しく言及されない、①喘と腎陰虚・伏痰・夙根・宿根、
②痰生成の異説(陰虚生痰・木火(相火)生痰・火邪生老痰など)
について概説する。
一、喘と腎陰虚・伏痰
(1)腎陰虚による上衝と喘
参考文献②⑪⑫⑬等に見られるように、腎陰虚による虚火もまた喘を引き起こす。
②『仁斎直指方』(宋・楊士瀛(えい)1264)
「真気耗損、喘生于腎気之上奔」
⑪『医貫』(明・趙献可1617)
「真気損耗、喘出于腎気之上奔、・・・・・乃気不帰元也。」
⑫『景岳全書』(明・張景岳1640)
「若真陰虧損、精不化気、則下不上交而爲促。促者断之基也。」
⑬『傅(ふ)青主男科』(清・1690)
「凡人腎火、逆扶肝気上衝、以致作喘。甚有吐紅粉痰者、此又腎火炎上、
以焼肺金、肺熱不能克肝、而龍雷之火升騰矣。」
(2)哮喘と伏痰・夙根・宿根
参考文献摘禄②⑤⑦⑨⑩に有るように、寒作や労作・食べすぎなどでしばしば発作を起こす場合は、伏痰・伏邪が有ると考えられる。
また、痰の成因については、陰虚生痰・木火(相火)生痰・火邪生痰、という説もあるので後の項で検討する。
②『仁斎直指方』(宋・楊士瀛(えい)1264)
巻之八・喘嗽
「推夫邪気伏藏、痴涎浮涌、呼不得呼、吸不得吸、
于是上気促急、填塞肺脘、激乱争鳴、如鼎之沸、而喘之形状具矣。」
⑤『医方考』(明・呉昆1584)
哮喘第十六
「膈有胶痰、外有非時之気、内有壅塞之気、然後令人哮喘」
⑦『景岳全書』(明・張景岳1640)
実喘証治
「喘有夙根、遇寒則発、或遇勞則発者、亦名哮喘。
未発時以扶正気爲主。既発時以攻邪爲主。」
⑨『臨床指南医案』(清・葉天子1746)
哮・末尾の華玉堂の解説
「・・・哮症、亦由初感外邪、失於表散、邪伏於裏、留於肺兪、故頻発頻止.」
⑩『類証治裁』(清・林珮(はい)琴1851)
哮症・論治
「宿根積久,随感輒発、或貧涼露臥、専嗜甜咸、
胶痰与陽気并于膈中、不得泄越、熱壅氣逆、故声粗爲哮。」
二、痰生成の異説
痰の概念については、隋・唐ころに飲との区別がなされて一つの病理産物と規定され、宋以降に次第に病機や発生機序が詳しく分類されていった。
一般的に痰の生成には、脾胃・肺・腎が関わっている。中でも最も重要なのは中焦の脾胃である。
そういった一般的な説以外のものの中で、汪綺石(明)の①陰虚生痰の説と②木火(相火) 生痰の説、そして③王綸(明)の火邪生老痰の説は、伏痰の生成機序の理解にある程度役に立ちそうなので以下に抜粋する。
(1)陰虚生痰、の説
⑭『理虚元鑑』(明・汪綺石・1644成書、1771刊)
心腎不交与労嗽総論
「若夫陰劇陽亢、木火乗時、心火肆炎上之令、
相火挙燎原之火、肺失降下之権、腎鮮長流之用。
以致肺有伏逆之火、膈有胶固之痰。
背畏非時之感、胸多壅塞之邪。
・・・・・略・・・・
気不納于丹田、真水無以制火。
于是湿挟熱而痰滯中焦、火載血而厥逆清竅。
伏火射其肺系、則能座而不能臥。・・・略」
仍・・・しきり 肆(し)・・・ほしいまま、きわまる、ひろめる
(2)木火(相火)生痰の説
⑭『理虚元鑑』(明・汪綺石・1644成書、1771刊)
五交論
「夫虚証総由相火炎上、傷其肺金。而相火寄于肝腎。
・・・略・・・・
木得火勢而上乗于金、金失降下之令、
已不能浚水之源、木強土受其剋、
水寡于畏、亦乗風木之勢而上乗、淆混于胸膈而爲痰涎、
壅塞胶固稠膩不可開、以碍静粛之化。
此因木土不交、水又乗之肆虐。
・・・略・・・
殊不知乃水乗木火而上泛爲痰。」
(3)火邪生老痰の説
⑮『名医雑著』(明・王綸1502)化痰丸論
化痰丸論
「痰者病名也。人之一身気血清潤、則津液流通、何痰之有?
惟夫気血濁逆、則津液不清、薫蒸成聚、而変爲痰焉。
痰之本水也。原於腎。
痰乃動、湿也。主於脾。
古人用二陳湯爲治痰通用者、所以実脾燥湿、治其標也。
然以之而治湿痰、寒痰、痰飲、痰涎、則固是也。
若夫痰因火上、肺気不清、欬嗽時発作、
及老痰、鬱痰結成粘塊、凝滞喉間、吐喀難出。
此等之痰、皆因火邪炎上,薫於上焦、肺気被鬱、
故其津液之随気而升者、爲火薫蒸、凝濁鬱結而成、
歳月積久、根深底固、故名老名鬱。
而其原則火邪也。病在上焦心肺之分、咽喉之間、
非中焦脾胃湿痰,冷痰、痰飲、痰涎之化。・・・・・・後略」
《参考文献要約・・・・・「痰」とインド医学について》
(以下は「トリドーシャ学説と痰飲の起源・気血痰鬱論」東京中医学報Vol,7No,1より遠藤次郎氏の説を要約)
遠藤次郎氏によれば中国医学は、三国・隋・唐から元の時代にかけて、西域から経由した、①アーユルヴェーダのトリドーシャ学説と②仏教医学の四大不調説という、二つの医学思想の影響を受けている。
トリドーシャ学説 (三つの流体・体液)
バータ(風)
ピッタ(胆汁)
カパ(痰)
四大説
風大(風)・・・・・・・・・・気体・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・微細
火大(胆汁)・・・・・・・・・エネルギーを持つ流体
水大(痰)・・・・・・・・・・液体
地大(身体・食・総集病)・・・固体・・・・・・・・・・・・・・・・・粗大
中国医学が、①トリドーシャのカパおよび四大の水大、そして②四大のうちの地大を、それぞれ「痰」・「鬱」として取り込んだ。
カパ・水大・・・・・・・痰
地大・・・・・・・・・・・鬱
そして中国医学とアーユルヴェーダ・仏教医学を融合させてできた理論として、たとえば以下のようなものがある。
朱丹渓の「痰」論
滑伯仁『診家枢要』の「気・血・痰飲・食積」論
王綸『名医雑著』(1502)の「気・血・痰・鬱」論
『韓氏医通』(1522)の「気・血・痰・火」論
その他、気血痰熱湿食論・気血痰風熱論といった5つや6つの病素に基づく説もあったが、徐々に整理され、四つの病素(気・血・痰・鬱)になっていったのだ・・・という。
参考文献・摘禄
(1)喘と哮
(2)腎虚による上衝と喘
(3)陰虚生痰と木火(相火)生痰の説
(4)老痰について(火邪生痰の説)
『素問』『霊枢』には、上気・喘息などの病名があるが、哮はない。
『金匱要略』では上気が喘を包括している。
『諸病源候論』では、喘は上気にふくまれる。哮は「呷嗽」と表記されている。
(1)喘と哮
①『済生方』(宋・厳用和1253)
咳喘痰飲門
「将息失宜、六淫所傷、七情所感、
或因墜堕恐驚、渡水跌撲、飽食過傷、動作用力,
遂使藏気不和、栄衛失其常度、
不能随陰陽出入以成息、
促迫于肺,不得宣通而爲喘也。」
②『仁斎直指方』(宋・楊士瀛(えい)1264)
巻之八・喘嗽
「肺主気也、一呼一吸、上升下降、
栄衛息数往来流通、安有所謂喘?
推夫邪気伏藏、痴涎浮涌、呼不得呼、吸不得吸、
于是上気促急、填塞肺脘、激乱争鳴、如鼎之沸、而喘之形状具矣。
有肺虚挟寒而喘者
有肺実挟熱而喘者
有水気乗肺而喘者
有驚憂気鬱肺張而喘者
又有胃絡不和、喘出于陽明氣逆
真気耗損、喘生于腎気之上奔。
如是等類、皆当審証而主治之。」
③『丹渓心法』(明・朱丹渓1481)
喘
「喘病、気虚、陰虚、有痰。
凡久喘之証未発宜扶正気爲主、已発用攻邪爲主。
気虚短気而喘、・・・略・・・有痰亦短気而喘。
陰虚、小腹下火起、衝于上喘者、宜降心火補陰。
有火炎者、宜降心火清肺金。
有痰者、用降痰下気爲主。
・・・・・載云、
有痰喘、
有気急喘、
有胃虚喘、
有火炎上喘。・・・・・」
④『医学正伝』(明・虞摶(ぐたん)1515)
哮喘
「哮以声响名、喘以気息言。
夫喘促喉中如水鶏声者謂之哮。
気促而連属不能以息者謂喘。」
⑤『医方考』(明・呉昆1584)
哮喘第十六
「膈有胶痰、外有非時之気、内有壅塞之気、然後令人哮喘」
⑥『医宗必読』(明・李中梓1637)
喘
「『内経』論喘其因衆多,窮府越于火逆上而気不降也。
・・・・・・因虚而死者十九、因実而死者十一。
巣氏、厳氏止言実熱、独王海蔵云、肺気果盛、則静粛下行、豈復爲喘。
皆火煉真気、気衰而喘、
所謂盛者、非肺気也、肺中之火也。」
⑦『景岳全書』(明・張景岳1640)
喘促・論証
「気喘之病、最爲危候。・・・・弁之者亦二証而已。
所謂二証者、一曰実喘、一曰虚喘也。・・・・・・
実喘者有邪、邪気実也。虚喘者無邪、元気虚也。
実喘者、気長而有餘、虚喘者気短而不続。
実喘者、胸張、気粗、聲高息湧膨膨然、若不能容。惟呼出爲快也。
虚喘者、慌張気怯、聲低息短、皇皇然若気欲断。
提之若不能升呑之若不相及。
労働則甚。而惟急促、似喘。但得引長一息爲快也。」
「気盛有邪之脈、必滑数有力、而気虚無邪之脈、必微弱無神。」
実喘証治
「喘有夙根、遇寒則発、或遇勞則発者、亦名哮喘。
未発時以扶正気爲主。既発時以攻邪爲主。」
⑧『証治匯補』(清・李用粹1687)
哮病
「内有壅塞之気、外有非時之感、膈有胶固之痰」
注・④『医方考』(明・呉昆1584)にも類似の記載有り。
喘病
「気喘・・・痰喘・・・火喘・・・水喘・・・気虚喘・・・胃虚喘・・・陰虚喘」
⑨『臨床指南医案』(清・葉天子1746)
哮・末尾の華玉堂の解説
「哮症多有兼喘而、喘有不兼哮者。
・・・哮症、亦由初感外邪、失於表散、
邪伏於裏、留於肺兪、故頻発頻止.
・・・・若得明理鍼灸之医、按穴灸治尤易除根。
噫。然則難遇其人耳。」
⑩『類証治裁』(清・林珮(はい)琴1851)
哮症
「症由痰熱内鬱、風寒外束、初失表散、邪留肺絡。
宿根積久,随感輒発、或貧涼露臥、専嗜甜咸、
胶痰与陽気并于膈中、不得泄越、熱壅氣逆、故声粗爲哮。」
(2)腎虚による上衝と喘
⑪『医貫』(明・趙献可1617)
喘論
「真気損耗、喘出于腎気之上奔、・・・・・乃気不帰元也。」
注『仁斎直指方』(宋・楊士瀛(えい)1264)にも「真気耗損、喘生于腎気之上奔」という表現あり
⑫『景岳全書』(明・張景岳1640)
喘促・論証
「肺主皮毛而居上焦。
故邪気犯之、則上焦気壅而爲喘。気之壅滯者、宣清宣破也。
腎主精髄而在下焦。
若真陰虧損、精不化気、
則下不上交而爲促。促者断之基也。」
⑬『傅(ふ)青主男科』(清・1690)
喘証門・腎火扶肝上衝
「凡人腎火、逆扶肝気上衝、以致作喘。
甚有吐紅粉痰者、此又腎火炎上、以焼肺金、
肺熱不能克肝、而龍雷之火升騰矣。」
(3)陰虚生痰と木火(相火)生痰の説
⑭『理虚元鑑』(明・汪綺石・1644成書、1771刊)
(陰虚生痰の説)
心腎不交与労嗽総論
「若夫陰劇陽亢、木火乗時、
心火肆炎上之令、相火挙燎原之火、
肺失降下之権、腎鮮長流之用。
以致肺有伏逆之火、膈有胶固之痰。
背畏非時之感、胸多壅塞之邪。
気高而喘、欬嗽頻仍。
天突火燃,喉中作痒。
喀咽不能、嗽久失気。
気不納于丹田、真水無以制火。
于是湿挟熱而痰滯中焦、火載血而厥逆清竅。
伏火射其肺系、則能座而不能臥。
膈痰滯乎胃絡、則能左而不能右。」
仍・・・しきり
肆(し)・・・ほしいまま、きわまる、ひろめる
(木火生痰の説)
五交論
「夫虚証総由相火炎上、傷其肺金。
而相火寄于肝腎。・・・・・・・
木得火勢而上乗于金、金失降下之令、
已不能浚水之源、木強土受其剋、
水寡于畏、亦乗風木之勢而上乗、
淆混于胸膈而爲痰涎、
壅塞胶固稠膩不可開、以碍静粛之化。
此因木土不交、水又乗之肆虐。・・・・・
殊不知乃水乗木火而上泛爲痰。・・・・」
(4)老痰について(火邪生痰の説)
⑮『名医雑著』(明・王綸1502)
化痰丸論
「痰者病名也。
人之一身気血清潤、則津液流通、何痰之有?
惟夫気血濁逆、則津液不清、薫蒸成聚、而変爲痰焉。
痰之本水也。原於腎。
痰乃動、湿也。主於脾。
古人用二陳湯爲治痰通用者、所以実脾燥湿、治其標也。
然以之而治湿痰、寒痰、痰飲、痰涎、則固是也。
若夫痰因火上、肺気不清、欬嗽時発作、
及老痰、鬱痰結成粘塊、凝滞喉間、吐喀難出。
此等之痰、皆因火邪炎上,薫於上焦、肺気被鬱、
故其津液之随気而升者、爲火薫蒸、凝濁鬱結而成、
歳月積久、根深底固、
故名老名鬱。
而其原則火邪也。
病在上焦心肺之分、咽喉之間、
非中焦脾胃湿痰,冷痰、痰飲、痰涎之化。
故湯液難治、亦非半夏、茯苓、蒼朮、枳殻、南星等藥所能治也。
惟在開其鬱,降其火、清潤肺金、
而消凝結之痰、緩以治之、冀可効耳。・・・・後略」
冀(き)こいねがう