伝統医学-関係性の中で人をみる・・・仁斎の「道=人」-4 |
b>伝統医学・・・関係性の中で人をみる
人間とは・仁斎の「道=人」-4
(1) どのような関係性を見るのか
(2) 伝統医学の人間・・・例として中国医学とチベット医学
自然環境と社会から切り離されると、人は人間からヒトになる。
質ではなく量として扱われると、やはり人は人間からヒトになってしまう。
鳥がトリになったように。
(1) どのような関係性を見るのか
中野 剛志は、「人間とは、組織や家族、友人関係など特定の他者との関係の中に位置づけられ、一定の役割を演じる社会的・関係的存在である。」(『日本思想史新論』ちくま新書2012)という。
伝統医学は、人を人間として扱う。
しかも社会的環境のみならず、
自然環境や風土の中の人を人間として扱う。
さらには、宗教の扱う世界の一部や、天体の影響も視野に入れている。
ざっと以下のような『環境』の中に生きる関係的存在として、人を見ている。
宇宙(天体)
自然環境
生命世界
社会
身体
感情世界
思考世界
霊的存在
したがって、
同じ医学という言葉が使われても伝統医学と近代医学は、
凡そ対象とする人の定義が全く違う点で、
ほとんど別なものといってよい。
近代医学は、かつて中国医学が巫を医から切り離したように、
人間から上記のさまざまな関係性を取り払って、
生物学的なヒトの身体に対象を限定した。
仁斎や徂徠は、社会の外に自然までは視野に入れていると思う。
(2) 伝統医学の人間・・・例として中国医学とチベット医学
①中国医学は、
基本的に宗教で扱う霊的存在を、排除した(巫から医へ)ところに成り立っている。しかし、離魂(意識だけが身体を抜け出して見聞すること、いわゆる幽体離脱)やなどの病名や病門が清代に至るまで文献にも残っており、
邪祟(鬼神の祟り)
処方と病機も詳しく記載されている。
事実として宗教の扱う霊的世界がある、ということも認識はしている。
(例・沈金鰲『雑病源流犀燭』邪祟病源流、陳士鐸『弁証奇聞』離魂など)
②チベット医学について以前の記事から引用する。
伝統医学とGNH-⑧チベット医学について
チベット医学で興味深いのは病因論で、大きく三つの原因がある。
図3チベット医学の病因論
(1)カルマ
輪廻転生の中で、過去世の行いが現世の病の原因になる。
(2)鬼神・悪霊
これらの存在が病を為す。
(祈祷・呪禁・儀式・修行などで治療)
(3)日常生活の不正
三体液の不調や四大の不調。
(医者が治療する一般的な病気)
そこには、ほかの伝統医学には無い考え方が含まれているので、
ほかの伝統医学や近代医学とも比較しながら一つずつ見ていく。
(1)カルマカルマは行為の意味で、ヒンドゥー教の輪廻転生という考え方と結びついて「前世の行為の結果が次の生に現れる」という考えとなる。
輪廻は仏教の教義の前提になっている。
カルマはインドの思想にはあっても、
医学(アーユルヴェーダ)の教科書レベルの病因論にはないようだ。
中国仏教には輪廻とカルマの思想は根付かなかったようだし、中国思想や中国医学にも影響を与えていないと思われる。
ギリシアの思想には、自分の尻尾を噛む蛇で象徴される、
丸い円環的な回帰する時間の繰り返しという考えがあるが、
ギリシア医学の病因論には影響していないと思われる。
小結カルマ(転生)を病因に含めるのは、チベット医学あるいは仏教医学に特徴的なことだと考えられる。
(2)鬼神図3のようにチベット医学の病因論には、カルマと鬼神が含まれている。
しかし一般に体系化された伝統医学では、
鬼神について多くを語らない。
むしろインド・中国共に、いつ鬼神と決別したかが論じられる。
アーユルヴェーダのアシュターンガ=八科の中に鬼瘴があるが、少なくとも入門書や基礎理論の中には見かけない。
中国の伝統医学でも基礎理論では鬼神には触れない。
中国医学では、
邪祟(じゃすい・鬼神のたたりや憑依)や、
離魂(心身離脱)
という病名があるが、治療は薬や鍼灸で行う。
(許叔微『本事方』、傅青主『男科』、陳士鐸『弁証録』などを参照のこと)
仏教医学では、たとえば禅の『天台小止観』智顗(六世紀)に三種の病として①四大・五蔵の増損、が挙げられている。
②鬼神、
③業の報い、
空海の『十住心論』にも、身病と心病を分けた上で、
身病の原因は、地・水・火・風という四大の不調と、で合計六つあり、
鬼(憑依)・
業(カルマ)
四大の病は医者に治療できるが、
鬼病は医者には治せないという。
小結鬼神を病因に数えるのは仏教医学の特徴なのかもしれない。
『 天台小止観』智顗(六世紀)三種の病
①四大・五蔵の増損、
②鬼神、
③業の報い
『十住心論』空海(九世紀)
「身病多しと雖も、その要ただ六つ、
四大鬼業これなり」
「心病衆しと雖も、その本唯一つ、
所謂無明これなり」
人間とは・仁斎の「道=人」-1・・・参考インフルエンザワクチン
鳥がトリになるとき、人がヒトになるとき・・・仁斎の「道=人」-2
近代医学 が扱うのはヒト・・・仁斎の「道=人」-3
伝統医学-関係性の中で人をみる・・・仁斎の「道=人」-4