中畑正志解説-アリストテレスの『魂』-7 「魂」と「心」① |
中畑正志訳・アリストテレス『魂について』京大出版会2001
中畑氏による解説の構成は、以下のようになっている。・・・大項目の数字は引用者によるこのうちのⅠ <魂>という概念
Ⅱ 内容概観
Ⅲ どのように読まれてきたか
Ⅳ 成立および統一性
Ⅴ 諸問題
Ⅵ テキストおよび翻訳Ⅴ 諸問題の部分をメモする。三、魂の定義(1) 二つの定義
(2) 魂と身体の関係
(3)魂と心
(4) 魂の概念の示唆するもの
なお「魂」は、ギリシア語のプシューケー(Psyche, 希: Ψυχή)の和訳である。
アリストテレスは魂について異なる二つのタイプの定義をしている。
「定義A」第二巻第一章でアリストテレスは「可能的に生命を持つ自然的物体の、形相としての実体」という、魂とは何かを示す一連の三つの定義を提示する。
「可能的に生命を持つ自然的物体の、第一次的な現実態」
「器官をそなえた自然的物体の、第一次的な現実態」
「定義B」第二巻第二章では、「魂は、栄養摂取、感覚、思考、運動などの始原(原理)であり、それらによって、つまり栄養摂取する能力、感覚する能力、思考する能力、動(運動変化)によって、規定される」ことを確認し、続いてそれぞれの諸能力の規定を試みている。
参照・中畑正志解説-アリストテレスの『魂』-1 二つの定義①
「魂」と「心」①・・・ポイント
定義Bの規定は、「選言的かつ階層的」
魂の概念・・・実在において多元的実在するのは
魂のそれぞれの能力および
その階層構造としてのそれぞれの<種>の魂
心の概念・・・栄養摂取能力・運動能力が除外され、
「意識内容」を伴う
(3)「魂」と「心」 ①・・・p253、《》の項目は引用者が挿入
定義Aが提示する魂と身体との関係は、以上のようにホットな論題を提供している。
だが、アリストテレスの魂論の理解のためには、いっそう根本的な事柄として見届けられるべきこと―にもかかわらず必ずしもふさわしい注意を払われていないと思われること―がある。
それはアリストテレスの魂の概念とわれわれの心の概念、とくに近現代の哲学において問題となる心の概念との基本的相違である。
《定義Bの規定は「選言的かつ階層的」》
ここでアリストテレスにとっては定義Aよりも定義Bの方がより根本的な規定であったことを、想起しよう。
この定義Bは「魂とは栄養摂取、感覚、思考、運動の原理である。」と規定する。
この規定は「選言的かつ階層的」に読まれなければならない。
つまりまず
第一に、それは「魂とは、栄養摂取の原理であるか、感覚の原理であるか、・・・・のいずれかである」というように選言的(disjunctive)である。
生を表現する活動のそれぞれの原理が魂なのである。
第二に、これらの諸能力は、「高階」の能力は「低階」の能力を基礎として成立するという関係にある。
栄養摂取能力は最基層の能力としてすべての魂をもつものに備わるのであり、他の諸能力はその能力の成立を前提としてその基盤の上に成立し、さらに他の諸能力の間にも、同様の階層関係が成立する。
したがって、もし人間の生のあり方が<思考する>という活動によって規定されるのであれば、人間という種の魂は思考する能力によって規定されるが、同時に人間の魂には思考能力の基礎となる栄養摂取、感覚、運動の各能力も備わっているのである。(3)注(3)
さらに、欲求能力は、以上の感覚、運動、思考の諸能力間の連絡あるいは相互規定的局面にかかわる重要な意義をもつが、ここでは論究する余裕がない。
《アリストテレスの魂と、近現代哲学の心のちがい》
諸能力が「選言的階層構造」をとるこのような魂の概念がわれわれの心の概念とかなり相違することは直観的にも明らかであろう。
ただしその相違は、魂に栄養摂取など、心のはたらきとは考えられない機能も含まれるというたんなる包括範囲の違いにとどまらない。
《魂の概念・・・実在において多元的》
魂の概念は、心の概念と共通するはずの感覚や思考についても、ある別の考え方を示唆している。
まず魂の規定の「選言性」は、魂が実在において多元的であることを告げるであろう。
すでに確認したように、すべての魂に共通するような定義は「そのすべてに当てはまるが、しかしどの魂にも固有ではない、といような共通の説明規定」という二次的身分にとどまり、いわばそれ自体としての実在性を欠くものなのである。
つまり、魂は、魂という身分においては、何らかの実質的統一性を持つものではないのだ。
実在するのは魂のそれぞれの能力およびであり、それらは<生きる>ことをそれぞれの形で実現しているのである。
その階層構造としてのそれぞれの<種>の魂
《心の概念・・・栄養摂取能力・運動能力が除外され、「意識内容」を伴う》
これに対して心の概念は、哲学的概念としても、また日常的な想念においても、何らかの実質的な統一性をもつであろう。
もちろんその統一性の確保のためには、栄養摂取能力や運動能力は帰属先をかえる必要があった。
しかしふりかえってみると、デカルトのおかげで栄養摂取能力や運動能力が除外されたとはいえ、それでもわれわれの心の概念はいぜんとてきわめて多様なはたらはを包含していることに気付く。
親指に痛みを感じること、机の色を見ること、芳香を嗅ぐことなど、いわゆる五感を用いた感覚から、人物の認知、過去の記憶、将来への期待に至るまで、さらにはフェルマーの定理の証明や神への信仰等々…。
われわれの了解では、それらはすべて等しく心の状態である。
では、それらの心の状態とされるものに、何か共通する要素はあるだろうか。
心の諸状態・諸機能に共通するものとして有力な候補となるのは、何らかの意識される内容を持つこと、あるいは意識に何かが与えられていることであろう。
感覚の場合には感じられるこの痛みあるいは目に見える特定の色、認識の場合は認知される人や物、記憶においては思い起こされる過去の事柄、さらに数学的思考においては数学の命題等々。
心の状態とされるものには、そのように何かを意識したり何かが心に現れるというかたちで、何らかの「意識内容」を伴うという共通する要素が存在するように思われる。
つづく