USではなくUsなのだね・・・イーサン・ウォッタース『クレイジー・ライク・アメリカ』 |
イーサン・ウォッタース
『クレイジー・ライク・アメリカ』(紀伊国屋書店2013/7)
“US”は「私たち」と「アメリカ」をかけているわけね。
なるほど・・・USではなく、Usなのだね。
岩田健太郎『感染症は実在するか―構造構成的感染症学』(北大路書房2009)
には、「恣意的」という言葉がたくさん出てくる。
病名・・・とくに精神科(さらに特にアメリカの)場合は、まったく恣意的(つまり適当、あるいは、好き放題)に決められている・・・ような印象だ。
DSM-Ⅴ(最新版・2012年12月1日にアメリカ精神医学会(APA)の理事委員会にて承認され、2013年5月18日に公開た)はさらにその度合いが増していると聞く。
その背後にあるのは、医薬品ビジネス。
製薬会社が「病」をつくり出し治療薬を売りさばく
-論文捏造問題の背景にある肥大化したクスリ産業の闇--
[橘玲の世界投資見聞録]
【『クレイジー・ライク・アメリカ』の原題は“Crazy Like US”で、“US”は「私たち」と「アメリカ」をかけている。著者のウォッターズは、アメリカ発の心の病が世界に輸出され、「精神病のグローバリゼーション」が起きていると述べる。
この本で取り上げられるのは、香港の拒食症、スリランカのPTSD、ザンジバルの統合失調症、日本のうつ病の4つの心の病だ。
2000年秋、カナダ、モントリオールのマギル大学で比較文化社会精神医学を研究するローレンス・カーマイヤーは、「抑うつと不安に関する国際的合意グループ」という団体から、京都とバリ島で行なわれる会議の案内を受けた。全額主催者負担で、航空券は1万ドルもするファーストクラス、ホテルは宮殿のようなスイートルームでバスタブには薔薇の花が浮かんでいた。会議の主催者は大手製薬メーカー、グラクソ・スミスクライン(GSK)で、日本で抗うつ剤SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害剤)パキシルを大々的に売り出そうとしていた。
SSRIは従来のTCA(三環系抗うつ剤)をひな型につくられた新薬の一群で、アメリカでは1980年代後半にイーライリリー社がプロザック(一般名フルオキセチン)の商品名で売り出して大ヒットさせた。だがイーライリリーは1990年代初頭、日本への進出を断念する。日本で新薬の承認を得るためには、日本人だけを対象とした大規模な臨床試験のやり直しが必要になる。それだけの年月とコストをかけても、日本にSSRIの市場が生まれる確信が持てなかったのだ。イーライリリーの幹部は、「日本人のうつ病に対する態度はきわめて否定的だ」と考えた。
それに対してGSKは、日本の“うつ病の壁”に挑戦することを決断し、1999年にパキシルを売り出す許可を得た。だがGSKが莫大な販促費を投じて京都に世界中の精神科医や研究者を集めたのは、新薬の宣伝のためではなかった。
カートマイヤーはそこで、比較文化社会精神医学の立場から、統合失調症やうつ病などの精神病は文化によって症状の現われ方が異なることを発表した。
カートマイヤーによれば、アメリカにおけるうつ病の概念こそが、世界的にみて特異な特徴を持っている。アメリカ人は赤の他人に感情をオープンに表現したがり、精神的苦悩をヘルスケアの問題とみなす。それに対して他の文化圏では、こころの苦しみは社会的・倫理的な意味を持ち、共同体の長老や地元の宗教指導者に救済を求める。自分が所属する社会の輪の外にいる医者や専門家に助けてもらおうという考えは意味をなさない。
カートマイヤーは「人間の苦しみに関する文化の多様性を尊重し、守るべきだ」という警告を述べたのだが、GSKはその発表に満足したようだった。後になって彼は、自分の発表がまったく別の受け止められ方をしたのかもしれないと気づいた。うつ病をめぐる文化的な考え方は、時代の影響を受けて移り変わるというように。
GSKはパキシル販売のために、日本のうつ病の概念を変えようとしていたのだ。】